縁結び
『七月七日の夜に』





 星が近くに存在するような、そんな綺麗な夜空の下に二人の男女がいた。正確には、男女と呼ぶにはまだ若すぎる位の二人だ。
 見渡す限りに民家や街灯などはなかった。あるのは田植えを終えたばかりの水田のみ。
 カエルの合唱も聞こえる。
 少女は自慢のポニーテイルを下げて、星のようなキラキラした瞳で夜空を見上げていた。履き慣れないズボンを気にすることが出来ないくらいに集中している。
 彼女はスカートが基本なのだが、今回はそれをするわけには行かなかった。なぜなら、移動手段にバイクを使ったからだ。
「おい、てめぇ。自分のメットくらい自分で仕舞え」
 口調と目つきの悪い男が少女に言った。彼は彼女にキャップ型のヘルメットを押しつけられたのだ。自分のフルフェイス型のメットとそれを、中型のバイクに置いてきたところだった。
「うるさいわね。いい気持ちのところを邪魔しないでよ」
 悪びれる風もなく逆に不機嫌になっている。男は彼女の隣に並ぶ。
「てめぇ、誰のおかげでここにいると思ってやがんだ?」
「それは私の『ないすあいでぃあ』のおかげよ」
 彼女はどうやらカタカナの部分が苦手らしい。彼は多少頬を引きつらせながら指の関節を鳴らしている。
「ミーナ……てめぇ、相変わらずいい度胸してんな」
 彼女の名前はミーナ・エルフィー。縁結びの女神見習いの少女だ。
「縁二も相変わらず短気ね……」
 ミーナはオーバーアクションでため息を吐いた。それを見た彼は怒りを通り越して呆れた。
「なんで俺が、こんな山奥くんだりまでこなきゃならんのだ……」
 満天の星空を仰ぎ、あのときのことが浮かぶ。


 大学生である鳩場縁二は、いつものように帰ってくるといつものようにミーナに出迎えられた。
「おかえり、縁二」
「おう」
 玄関を上がってすぐ隣にある自室に鞄を置いて、自室の向かいにあるリビングに入る。
 ソファーには黒猫のチャームが身体を伸ばしてだらしなく眠っていた。暑いのだろうか。
 縁二はチャームをそっと撫でてから、ソファーの前のテーブルに置かれた新聞を手に取る。見るのはテレビ欄のみだ。
「あ、そうそう縁二」
 そう言うと、ミーナは新聞をひったくってパラパラと捲る。彼女の傍若無人な態度はいつものことなので特に気にしなかった。
「あ、あったあった」
 目的の記事を見つけたのか、そこを開いて縁二に見せた。そこの小さなコラムを指さす。
「天の川?」
 そのコラムのタイトルだ。
「そ、天の川」
 そう言うと新聞は用済みとばかりにテーブルに放る。
「それがどうかしたのか?」
「見に行こ♪」
「はぁ?」
 突拍子もないことにいつもの20%増しで目つきを悪くする。大抵の輩には効力のある眼光だが、あいにくと彼女には効かない。
「だから、天の川を見に行くのよ」
「生憎と俺は宇宙船は持ってねぇな」
「馬鹿なこと言ってるし……」
 『馬鹿』という突っ込みは以外に悲しいものがあった。仕方がないので、真面目に答えることにした。
「残念だが、この辺は明るすぎる。天の川を見たいなら明かりのないところに行かにゃならんのだが、この近くにゃない」
「ちょっと頭使えば解るでしょ、お馬鹿ね〜。見えるとこまで行くのよ」
 小馬鹿にされてるようで少し腹が立つ。実際彼女の方が外見とは裏腹に頭がいいのだが、言われっぱなしは我慢ならない。
「お前な〜……。確かに明日は七夕で天の川って感じだが、実際にあれを見るには今の時期、0時くらいじゃねぇと見れねぇんだぞ」
「やけに詳しいじゃない」
「ああん? 大学でいろいろ聞いたんだよ。別に聞く気がなくても耳に入ってくる」
 昔から知っていたのだが、突っ込まれると面倒なのでそういうことにして置いた。実際、聞いてもいたが。
「まあいいわ、とにかく行くのよ」
 意見を変える気は無いらしい。
「ったく、てめぇは……。どうしても行きたいってぇんなら、俺を倒してから――んご!」
 言い終わる前に縁二は床に叩き伏せられた。
「はい、一丁あがり。じゃ、行こ」
 ミーナはどこからか取り出したハンマーを肩に担ぐ。
「ごるぁ! 有無を言わさずハンマーで殴るな!」
 縁二は立ち上がってミーナに詰め寄る。ミーナはなにか文句あるのとでも言いたげな表情だ。
「ホントはじゃんけんで勝負だったんだよ!」
「全く往生際が悪いんだから……」
「お前ホントマジムカツクな」
「はいはい、さっさと行くわよ」
 手を後ろにやって構えを取る。
「「ジャンケン……ポン!」」
 結果は……。


 今に至る。
 縁二がなぜこんなことになったのか考えていると、綺麗な歌声が聞こえる。それと同時にカエルの合唱も止まってしまった。


ささの葉 さらさら

のきばにゆれる

お星さま きらきら

金銀すなご



五色のたんざく

わたしが書いた

お星さま きらきら

空からみてる

 ミーナが『たなばたさま』を唄ったのだ。どういうわけか彼女の歌声は透き通るように綺麗だった。不覚ながら縁二はそれに聞き惚れてしまっていた。
 しばらく静かな時間が過ぎていく。
「なあ……。笹と短冊も飾ったしよ、七夕気分は十分だったんじゃねぇか?」
 あまりにミーナがうるさくて、仕方なく近所の人から縁二は笹を貰ってきたのだ。そして二人で飾り付けもした。端から見ればその姿は仲良さ気に見えるが、いろいろ衝突もしたのだ。

『おい、ミーナ? なんだ、この短冊の願い事は……?』

『あ、馬鹿。見ないでよ、痴漢』

『痴漢はさておき、『アイス食べたい』ってなんだ』

『アイス食べたいのよ』

『他にも、『洋服ほしい』とか『一流の女神になりたい』とか……ん? なんだこれ? 『縁二に彼女が出来ますように。私の身が危険です』って、おい!』

『うわ、見つかった!?』

『見つけるわ! ボゲェ! なにこっぱずかしい事書いてんだよ! それになんだ『私の身が危険』って!』

『いや、そのまんま』

『ざけんな! 何時お前の身が危険になるようなことをした!』

『毎日?』

『聞き返すな! ってか、毎日ってなんだ!』

『いや、ほら。一つ屋根の下に暮らしてるじゃない? そこに加えての美少女。だからいつ襲ってくるか解らないし』

『ハッハッハ。寝言は寝てから言え』

『なによぅ』

『んだよ』

 このような会話があったにもかかわらず彼女の願いを叶える縁二は優しいのかもしれなかった。
「だめよ、だめだめよ。やっぱり天の川も見なくちゃね」
「いつだって見れるんだがな〜、せめて休日とかにしてくれよ」
「解ってないわね、縁二は。今日見るから意味があるんじゃないの」
「そんなもんかね?」
「そうよ」
 そう言ってミーナはまた夜空に流れる天の川を見つめた。
(ま、明日は午前の講義は休んでも問題ないから良いけどな)
 ミーナに習って縁二も天の川を見上げる。
 不意にミーナが視線をそのままに口を開いた。
「ねえ、縁二。今まさに織姫様と彦星様が出会ってる頃よね……。一年に一度だけ会える……いったいどんな話をするのかな?」
 そう語る彼女はなんだか悲しいような嬉しいような複雑な表情をしていた。
「そうだな〜、きっと話したいことがいっぱいあって、ずっと話していたいけど……。多分、何も話さず、二人側にいるんじゃねぇか?」
 縁二の答えは予想外だったのか、ミーナは一瞬驚いた表情になり、そして笑顔を浮かべた。
「そうね」
 ミーナは視線を夜空に浮かぶ天の川に戻す。
「ねぇ、縁二?」
「ん?」
「『七夕伝説』って知ってる?」
 言われて縁二は思案するように天の川へ視線を向ける。
「詳しくは知らないが、確か『織姫と彦星の恋物語』じゃなかったっけか? 仲の良かった二人が引き裂かれ一年に一度、七夕の夜にだけ会えるっていう」
 縁二の答えをゆっくりと思案するようにミーナは黙っていた。それを間違いだと思った縁二はもう一度考えてみた。しかし、それ以外は思い浮かばない。
「……ま、おおむね正解ね」
 その言葉に縁二は安堵のため息を吐いた。ミーナは見かけに寄らずわりと博識だったりする。
「織姫っていうのは、天の神様の娘なの。彦星はその天の神様の牛の世話をする人で、二人は結婚したの」
 ミーナは胸に手をあて包むようにして瞼を閉じる。
「仲がいいのは良いことだけど、二人はちょっと度がすぎたみたい。毎日毎日遊びほうけて、織姫は布を織らなくなり、彦星は牛の世話をしなくなったのよ」
 縁二は時々相槌を打ちながら静かに聞いている。
「それに怒った天の神様は二人を天の川の東と西に別れさせ永遠に会えなくしたの。彦星が東の岸に向かって織姫の名前を叫んでも、その声は天の川の流れる音に掻き消されてしまうし、また織姫が彦星を想って涙を流しても、その小さな雫はすぐさま天の川の大きな流れに奪われてしまう……」
 そう言ったミーナはどこか悲しそうだった。天界に帰れない自分の境遇と重ね合わせてしまったのだろうか。どう声をかけるか迷っていると、ミーナは表情を変える。
「天の神様もさすがに可愛そうに思って『七月七日の夜にだけ』って条件をだしたのね。そして二人は一年に一度会い、そしてまた再会を誓って仕事に精を出したというわけ。おしまい」
 彼女は舞台挨拶よろしく、一礼をする。縁二は素直に感心して軽い拍手を贈る。ミーナは少し照れくさそうだった。
「しっかし、今日は晴れて良かったな。雨だったらまた一年持ち越しなわけだろ? あ、でも雲の上だから関係ないか?」
「雲の上云々は知らないけど、確かに雨が降ると天の川の水かさが増えて渡ることが出来なくなるらしいわよ。でもそんなときはどこからともなく『カササギ』っていう名前だったかな? とにかく鳥が翼を広げて橋を作るんだって」
「んじゃ、毎年必ず会えるって訳だな」
「そゆこと」
 ミーナは笑顔を見せるとまた天の川に視線を向けた。
 縁二ももう少しだけ静かに星でも眺めるかと思っていたら……。

『グゥゥゥ……』

 と、お腹の虫が鳴った。それを合図にいままで静かだったカエルたちが一斉に大合唱を始めた。
「た……たははは……」
 縁二はたまらなく恥ずかしかった。せっかくミーナの好きそうな雰囲気だったのに、それを一発でぶちこわしたのだ。
 見るとミーナの肩が震えている。これはやばいかなと縁二は内心覚悟を決めていた。
「ぷ……」
「え?」
「あははは、え、縁二、おもしろすぎ。あ、あんたって……ぷ、あははは」
 それ以上は言葉に出来ないようで、ミーナはお腹を抱えて笑っていた。普段なら怒鳴っていただろうが、そういう気分にはなれず、自分も笑っていた。
 しばらくそうしていると、ミーナは持ってきた荷物の中からお弁当箱を取り出す。
「さ、欠食児童が空腹で倒れないうちに夜食といきますか」
「誰が欠食児童だ」
「いらないの?」
 ちょっと意地の悪い小悪魔的な笑みを浮かべたミーナがいた。空腹には逆らえず、素直に弁当の中身であるおにぎりを受け取った。
「ん〜、おいひぃ」
 と自画自賛するミーナ。確かに旨いなと思いながら縁二はおにぎりを口に運んだ。
「相変わらず、料理の得意な見習い女神様だこと」
「なによ、文句あるの?」
「ねーよ、褒めてんだぜ? これでも」
「あんたが言うと皮肉にしか聞こえないわよ」
 と、やはり意地の悪い笑みのミーナ。
「うるせー」
 と、棒読みな口調で明後日の方向を見る縁二。

 そんな二人の七夕の夜。

 まだまだ長い、夜。

 でも、短い、夜。





あとがき
 いやー、2003年7月7日、七夕ですねー。
 え? なにかおかしいって? ふ……それはな。これは2003年に書かれたものだからだ。二年前だな。更新日付みたら、2003年7月6日になってたし(ぇ
 正確には途中まで書いてて今回加筆修正を加えたわけ。
 ほら、なにかやってみようかなって思ったのよ。最近全然SS書かなくなったし、ここらでちょいリハビリもかねてやってみようかと……。
 しかしだめだね、かなりブランクありすぎてまたも駄文になってしまった。
 それに2年前はどうやって完結させるかわかってないから大変だったよ。まあ、下手に覚えているよりは楽だったけどな。
 参考にしたどっかのサイトさん、ありがとうございました。

 今回さー、なんかさ。縁二君優しくない? というか気付いたのは基本的に縁二君ミーナちゃんに優しいでしょうと。だってさ、じゃんけんで負けたとはいえ、本当に連れてきてしまうあたりなんか……なんかラブラブですねと。
 二人はどんな関係なのかなーとちょっと思ったり。

 そういえば、HDあさってたらでてきた。約三年前に作ったゲーム版『縁結び』
 Nスクリプターを使って専学の友達と三人で作ったのよ。いやー馬鹿だったね。うん。

 そのうちちゃんと一話から書くかなーと思ったり思わなかったり。




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